【間違いを認めさせようとしない】正論は凶器になる

相手のことを思って言ったとしても、相手を傷つける言葉はたくさんあります。

特に気を付けたいのが「正論」を言って相手を認めさせようとすることです。

「正論」はとても危険で、相手を深く傷つけてしまうことが多くあります。

私自身もたくさんの人を傷つけていたことを、最近になって認識できるようになってきました。

今まで相手のためを思って言った言葉が、逆に傷つけていたことを少しづつ理解してきました。

人の誤った行動はすぐに分かるのに、人の気持ちは理解できない。

自分の気持ちはよく分かるのに、自分の誤った行動には気づくことができない。

皆さんも思い当たることがあるのではないでしょうか?

女子トーク

私はよく電話をする友だちがいます。

女性どうし、年齢も同じなのでいつも話がはずみます。

だけど、仲が良いからこそ相手の問題点にも気づきます。

私は今まで、友人の問題点をよく注意していました。

「こうした方がいいよ!」「なんでできないの?」「早く行動しないといけないよ」と、よくそんな言葉をかけていました。

友だちは嫌な素振りすることなく接してくれたので、その時は友だちを傷つけていることに気が付きませんでした。

女性どうしの会話は、息抜きのつもりで話をしている人が多いと思います。

それなのに注意ばかりされると、相手はどこで息抜きしたらいいのか分からなくなるはずです。

自分だたら「こんな風に言葉を返して欲しい」というのが分かるのに、なぜか人には反対の言葉を投げかけてしまいます。

例えば「会社で上司に怒られた」という話をした時に、多くの人は「そうなんだー大変だったねー」と声をかけて欲しい人がほとんどだと思います。

でも、怒られたという言葉を聞いて「なんで怒られたの?」「自分が悪いよ!」「気を付けないと!」「また失敗するよ」と言葉を返してしまうこともあるのではないでしょうか?

相手の問題を指摘する時は、自分は心気持ちよくなっています。

「問題に気づくことができた」「相手を改めさせることができた」という感情で自己を肯定する気持ちが高くなります。

しかし、指摘をされた方は、自己を否定され、気持ちがズーンと沈むことになってしまうのです。

体調不良

私は20代の頃から体調を崩すことがありました。

消化器の病気で国の指定難病の「クローン病」になり、腹痛など様々な症状がよく起こっていました。

病院では原因不明の病気だから、腸に負担をかけない食事を心がけるように指導をされています。

しかし、会社などでは私が「体調が悪い」ことを言うと、「気持ちの問題が多いんじゃない?こういうのはストレスが原因だから」とよく言われていました。

私は人よりも、悩むことは少ないと思っています。

嫌だと思ったらすぐに、その場から離れるので、悩んで悩んで辛いと感じることはありません。

「ストレスだよ」と言われる言葉を放たれる方が、ストレスに感じていました。

「精神的に弱い」と言われているような気がして、とても嫌な気持ちでした。

私が掛けて欲しかった言葉は「そうなんだね。無理しないようにね」です。

この言葉をかけられたからと言って、仕事で手を抜くつもりもありません。

ただ自分を認めて欲しい、少しでも理解して欲しいと思っていたんです。

こんな風に、私自身の気持ちはよく分かります。

でも、私も逆の立場だったら相手を励ますために、良い方に進むために、同じような言葉をかけていただろうと思います。

夫婦・親子

結婚した友だちが「夫婦・子ども」の悩みを話していました。

私は結婚もしていないし、子どももいません。

だから、夫婦のことも、子どものことも分かりません。

それなのに、子どもや夫婦の問題の話をされたときには、ついつい否定的な言葉をかけていました。

≪夫婦の問題≫

(友)「うちの旦那だらしないんだよね!だからこの間も怒ったのよ」

(私)「旦那さん可哀そうだよ。もっと優しくした方がいいよ」

≪子どもの問題≫

(友)「私が体調悪くて寝ていたら、うちの子が遊ぼうよって声かけてきて、うちの子は人の感情が分からないみたいで心配なの」

(私)「まだ小さいんだから、子どもが人の感情なんて分からないよ」

こんな風に私は声をかけていました。

きっと友だちは、ただ話を聞いて欲しいだけなのに、それに私は気づかず、注意やアドバイスをしていました。

パートナー

私はパートナーの否定的な言葉が、以前から気になっていました。

≪テレビを一緒に見ていた時≫

(P)「このタレント可愛くない」

(私)「そんなことないよ。女性から見たら可愛いよ。一般的には可愛いよ」

≪何気ない会話≫

(P)「どうせ俺は一生このままだよ」

(私)「なんでそう言うこというの?」

こんな風に言い返していると、「もう話したくない、どうせ俺の意見は全部否定される」とパートナーに言われてしまいました。

私はただ否定的な言葉を言って欲しくなかったのですが、私の言葉はパートナーを傷つけていました。

パートナーが放つ否定的な言葉は、パートナーの息抜きだったのです。

目に見えないもの

私は2020年に治療が困難な白血病になり、治療のためにさい帯血移植(骨髄移植のようなもの)をしました。

骨髄移植とは血液の元を体に移植することで、移植をする前には自分の血液細胞を全て殺して、新しい血液細胞を体に入れます。

私の「体の細胞」と「血液細胞」は別物なので、血液細胞が私の体を傷つけたり、体の中で起ってることは医者も想像できません。

今までとは体調が全く変わりました。

だいたい体調は良いのですが、これを人に説明することがとても難しく、体調が良いと言っても無理をしている時もあります。

また、「だいたい体調が良い」と表現するのは、常に以前の様な完璧な体調ではないから、そう表現しています。

今の体では体調が良いという意味ですが、以前の体調の良さとは全く違います。

動こうと思えば動けるので、人には理解してもらえるの難しいと感じています。

同じ経験をしている人は少ないので、私の状態を説明することは中々上手にできません。

私が「体調が悪い」と言うと、「正しい生活をすれば改善できるんじゃない?精神的なものじゃない?」とよく言われます。

私は健康的な生活を意識していますし、食事もバランスよく食べ、野菜もたくさん食べています。

励ますために言われる言葉が、私を苦しめていると感じることはよくあります。

先日ドラマを見ていました。

「リエゾン」日本のドラマ(発達障害を舞台にした内容)

このドラマを見た時、目に見えにくい障害が一番大変だと気づかされました。

目に見える障害があれば、「大丈夫?足ケガしたんですか?荷物持ちましょうか?」など声をかけることができます。

しかし、目に見えない障害は、ほとんどの人が理解できないのではないでしょうか?

発達障害には様々な種類があり、同じような症状だとしても重度・軽度など症状が違ったり、複数の症状がある人もいるようです。

私が子どもの時は、発達障害を認識した子どもが少なかったため、その理解がなかったことに気づかされました。

今は発達障害が分かるようになったから、治療ができますが、目に見えない症状は理解が難しい

発達障害を持った人は、障害を改善するために様々な苦労をしているのですが、その努力に気づかず、相手を傷つける言動をしていることもあるように思います。

また、努力している人に対し、「努力が足りない」とか「気にしすぎ」と発言してしまうこともあるのではないでしょうか?

私自身もそうだったことに、ドラマを見て気づかされました。

私の体調も、目に見える症状ではないため、人の理解を得るのは難しいと感じていますが、発達障害を持った人はとても苦労していたことが分かってきました。

さらに、発達障害だけでなく、人には得意不得意があります。

「早起きができない人」に対して、「気合が足りない」と私は考えていましたが、それも人の得意不得意があったのだと、気づきだしました。

人は「自分と同じようにできる」と考えてしまうので、相手を傷つけるのだと思います。

みんな違うことを頭に入れて、行動できれば人に対して、正しく接することができるのではないでしょうか?

相手を認める

相手を認めることが大事。

人に対して、指摘やアドバイスするのは簡単です。

指摘をすることで、自分自身の肯定感が高まり、気持ちが満たされますが、反対に相手を苦しめていることには、ほとんどの人は気づいていません。

人の気持ちは完全に理解することはできませんし、自分と異なった意見を言われることもあると思います。

それでも相手を否定しない「そうだねー、なるほどねー」など、相手の発言を肯定できる言葉を返すことが大事だと思います。

無理に自分の意見を通そうとしても、反発され口論になるだけです。

自分の意見を言う時は、相手に聞かれたときのみ、と心得たほうが自分も周りも生きやすくなるのです。